「時間よ戻れえ!」「……なにやってんの」















やっぱり私は部活が大好きだああああ!! うん






 今日——正確には昨日になるのかな——寝た時には夢を見なかったんで——いや、本当は見たんだけど覚えてないだけ——今回はそれより前に見た——それより前っつても、昨日の昼間、宿題しているあいだに居眠りした時の夢だけど——夢の話をしようかなあなんて思います。忘れないあいだにね。



 大分忘れちゃったんですがね、またもや夢に部活の先輩方登場の巻です。覚えているところから書くと、何だかSB先輩とMD先輩とSMM先輩と——後他にもいたはずなんだけど、その3人が居たことしか覚えてない——で、何やら城の歴史博物館みたいなところに見学に行ってたんですよ。そこにいた間の夢の記憶——夢が記憶であるか、もしくは夢の記憶ができればの話だけれども——はすんごく短くて、たしかにそこに長時間いたと言うことは覚えているのに、実際覚えている場面は休憩所みたいなところでSB先輩が座っていて、MD先輩とSMM先輩、後私とその他もろもろの人達はうろうろしているというところだけなんですけどね。
 そしていきなり話は飛んで今度はデパートで先輩たちと中を徘徊している最中に、中学時代の英語の某先生に追い掛けられると言う恐怖体験をした後、また場面は変わってエスカレーターと天井の間に挟まれる夢もみました。





 というふうに昨日書こうとして下書きでほったらかしになっていた記事。













「夢なんて物は見るんじゃない。見せられるんだよ」













      




 夢(ゆめ)とは、睡眠中に起こる体感現象の一種。また、見た者の将来に対する希望・願望を指すか、これから起き得る危機を知らせる信号とも言われる。転じて、希望や願望そのものをさす場合もある。
 夢は、人によってさまざまであり、同一の人でも知覚する現象が千差万別である。ただし、睡眠時の肉体が感じている外的な知覚が夢に影響することが知られている。寝ている人の顔に短時間、ハンカチを被せた所、夢の中で顔に何らかのものを押し付けられる目にあったという複数の報告がある。特に尿意が夢に反映されやすいのは良く知られており、排泄に関わる夢を見て目が覚めたら、膀胱が限界に近かったという事例は非常にありふれている。

 夢の知覚には、性別や年齢によって傾向があるといわれる。男性より女性の方が色が付いた夢を見やすい、などがあげられる。

 夢では視覚だけではなく、聴覚・触覚・味覚・嗅覚においても何らかの刺激を感じるといった報告がある。上記の通り、どの感覚においても、人によってさまざまであり、同一の人でも時には感じないこともある。ただし、触覚のひとつである痛覚については、ほとんどの事例で「感じない」とされている。

 一説では、夢自体は「白黒」の映像として視覚のみ投射されているが、それを知覚、認識する脳がこれまでの経験における適切な情報を付加しているとされる。これは、脳にはその所有者に対して都合の良いように処理をする性質によるものであり、覚醒時でも、とても色に敏感な人が「白黒映画」を見た際にもあるはずのない色を感じるのと同様な情報操作が、睡眠時に行われていると考えられる。

 夢には時間軸が存在せず主観時間でのみ知覚しているとも考えられている。これは、目が醒めた時点で記憶されている夢の多くは覚醒前20分以内に見た物とされているが、夢の中では実際の睡眠時間よりも長い、数時間〜数日に感じたというケースが多いことによる。

 寝ながら見る夢では、その人の普段は抑圧されて意識していない願望などが如実に現れるケースも多いとされる。ただ、それらは誇張されていることも多く、結果的に現実としては不可解な現象で表現されることが多い。

 また、普段の生活から興味がある現象について夢を見やすいといわれている。具体的には色に興味がある人は色が付いた夢を見る、などである。

 覚醒時に考えていた(悩んでいた)事が影響するケースも多く、考えていたテーマに新しい着想を夢の中より得た事例もある。科学史研究者の間ではこのエピソードは後に創作されたもので事実ではないという見解が定説になりつつあるが、ベンゼン環の分子構造を解明したドイツの科学者フリードリヒ・ケクレは、夢の中で尾を咥えた蛇を見たことが解明の糸口となったと述べている。文学に於いてはブラム・ストーカーがカニを食べ過ぎて悪夢を見、これを元に吸血鬼ドラキュラを書き上げている。この他にも、重要な発見や発明、芸術作品など、夢で得たイメージを元としている事例は多い。



夢と占い

夢占い(あるいは夢判断)では、夢は見た者の将来に対する希望・願望を指すか、これから起き得る危機を知らせる信号と考えられている。また、おきた現象がそのまま実現する夢を予知夢と呼び、可能性がある夢を詳細に検討する場合もある。



明晰夢

通常、夢を見ているときには自分で夢を見ていると自覚できないことがほとんどであり、覚醒するまでは夢であることが分からない。これに対し、夢の中でも自覚している現象を明晰夢と呼び、その場合には夢の内容をコントロールすることも可能であると言われる。このため、望むままに夢が変化することも多いため、願望を(現実ではないが)叶えることができるとされる。



覚醒中に「見る」夢

白昼夢(白日夢)とも呼ばれる。目覚めていながら夢を見ているかのように現実から離れて何かを考えている状態をいう。夢を見ている自分を自覚できること、夢の内容を自分でコントロールすることができるという点で、通常の夢とは異なる。現実で満たされなかった欲求や願望を空想する例が多く、精神疾患の一つとする見方もある。


                 ウィキペディアより一部抜粋

「別に助けてくれなくてもいいから」











 「夢を見よう」とはいうけれど、夢の見方なんて誰が分かるかっての。ひとり布団のなかで、ふと思い付いて自分で突っ込んでみる。特に最近はいくら夢を見ても起きた時には忘れちゃってるから、この項目なかなか記事数が増えない。「じゃあ消せばいいじゃないか」とか一瞬思っても、でも、それでも覚えていて夢を記録したいことには代わりがない。で、そこででてくるのがこのブログなわけですね。一番そういう事をするのに手っ取り早くて簡単お手軽。昔はブログのそういうところが好きになれなくてやってなかったんですが、一度やり始めてしまうとこれははまるというか、週間づいてしまうもんですね。
 おっと、話がそれた。
 私は昔から、一度覚えた夢は結構長い間覚えている方なんですが、それがいけないんでしょうか? 自分の脳に、それが邪魔で飽きスペースがなくなって、他の夢が記憶できないんでしょうか。というような事も考えた事があります。でも一番よく夢について考えるのは、「夢は記憶の整理っていうんだから、そんな記憶の整理まで記憶してたらきりがない」。でも実際そういうことをしているわけで、だから夢の続きなんていうものも見れるわけで。でも夢を見るためにずっと眠っているわけにもいかないでショ。そこで起きるでしょ。するとね、するとやっぱり忘れちゃってるんですよ。キレイさっぱりだったりぶつぶつだったりと色々なパターンありますけど。
 夢が消えるって哀しいね。




 昔見た夢を整理しようとしても、できるように量じゃない。似たようで違う夢が、五万と存在するわけで、それをいちいち分類して違いを見つけて、記憶している事をことこまかく書く気にはいっこうになれないというのが現状。でも、人に喋るのは大好きだったりするこの矛盾(ダレカ私ノ話ヲ聞イテクレー)。夢の世界は私の世界であり、夢の世界は異世界別世界。別次元への入り口だと考える事だって容易であるわけで、ま、そこは想像力に流されるままに考えていけばいいのだ。たかが夢されど夢夢は侮れないもんですよ結構。「ゆめゆめ」とうてば、出てくるのは「努々」だって? 何でそんな変換になるんだか。とにかく夢は見たくても見れないみようとすれば書き消える。掴めそうで掴めない、捕まえる事は至難の技(おうい、そこのゆめ、とまりなさあい!)。夢警官、なんちって。夢の管理者というものはいるんだろうか、だいたい、人が見た夢はいったいどこへ消えていってしまうんだろうか。人は夢を見ている時、いったい何をしていて、どこに本当はいるんだろうか。夢とはいったい正体は何何だ?
 いっしゅん、この項目を増やしたいがあまり、自分で考えたうそデタラメの夢を書いてみようかと思ったけれど、ソレハある意味夢への冒涜であり、ある意味尊い行動だから、ま、いってみれば私のような人間がやっていいというようなことではない事は確かだ。夢は自分の手で作れるようなものじゃないんだから。ね。それを理解していない人間ってこのヨにいくらぐらいイル? この世界の人間の夢への意識はいったいどのようなものだと思う? 夢はいったいどういう受け取られ方をされ、どういう風に愛されている? そしてどういう風に憎まれている? 夢を見たくない人だってこのヨにはいる。そういう人から夢を摘み取って、自分の物にしては何故いけない? 摘み取った夢はすぐに枯れてしまう。色褪せてカサカサと乾いて、味気も何もない。瑞々しさはなくなって、乾物よりも酷い有り様。ぐずぐずと崩れて、最後には跡形もなく塵となって風に吹かれて消えてしまうんだ。そんな夢は大切に栽培しいとイケナイ。刈り取るのは夢が熟してから。熟した夢こそ本当の夢。夢の欠片を宿す塾した甘い夢。早速それを食べて美しい夢を見ようじゃありませんか。そして序でにそっから新しいたねでもとってきたらいかがですか? 皆で夢を栽培しよう!





 ゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめめめめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめゆめ。













「先月もらった生菓子あるんですけど、食べます?」「いや、いらない」











 やった! 今日特別に部室で、OBの方が持ってきてくれはったらしい抹茶のパウンドケーキとワラビもちを食べる事になったそうです。何か、食べれる事よりも先に部室にいける事への喜びの方が向くリと起き上がりましたね。何だか先輩からメールを貰うってくすぐったい気分になりますねえ。今までメールくれる人なんて数がしれてたから嬉しいような恐いような複雑な気分だ。…………。うん、とにかく今日は部活にいける! ちょうどテスト期間でいけない事になってたけどいけるんですよ! すんごい嬉しいです。もちろんパウンドケーキとワラビもちも食べれるのかと思うと嬉しいです。ちなみに私の分の台本はその時に渡してもらえるらしです(皆いっせいにもらえる時は休んでたからね(泣)。因に配役は希望したものではなかったけど、役が貰えただけでも凄く嬉しいです! テスト期間が終了したと同時に毎日練習が始まるんですよ! 嬉し過ぎます!

 さて、カテゴリーを見ていただければ、この記事が「夢」に関する事だという事は分かってもらえると思います。で、今回はいったいなんだったのかというと、また演劇部部員が登場いたしました! 何日目だよおい! しかも今回は普通の夢の中に先輩達が侵入してきたから部活してたとかそう言うわけじゃなかったです。私がアパートで一人暮らししていると、そこに先輩達がどやどやとやってきて、なんか買ってきてくれたのをくれるんです。因に、カギはかけてあったけど先輩方は私の承諾なしに家の中にはいってきました。いっしゅんおいって思いましたが、すぐに、「ああ、私が合鍵先輩達に渡したんだっけ」と、すぐ夢の中設定記憶を思い出しました。人間って面白いわねえ。   今回の夢の中で一番印象に残っている人物は、二年のかなり長身の先輩でした。あの人部員の中で一番背が高くてインパクトあるんですよね。ほら、あの何かかなりにやけた目をした赤い厚紙で作ってある目もとだけのお面ってあるでしょ。ああいう感じの目の人で、体型はクランプのホリックに登場してくるような人間の体つき(背が高くて手足がヒョロ長いんだけれど、バランスはとれているから違和感はないんだよね)に似てます。と、そう言うインパクトのあるあの先輩が一番夢の中で記憶に留まっていました。あと、端の方にちらっと二年と三年の演出の先輩二人が見えたようなみえなかったような。とにかく淋しいのが好きだけど嫌いな私にとっては(夢だけど)夢みたいな夢でした(人がうちんちに遊びに来るなんてめったにない事ですもん)。
 ちなみのあまりにもその場面がインパクトがありすぎたらしく、その前後の夢の記憶が凄ぼやけて思い出せなくなりました。あーあ。しばらく前あたりから、やたらと現実にいる人達が夢に出現するなあとは思っていましたが、ここまで頻繁に同じ人達が出てくる事は今までなかったです。どういう事なんだろうか。それ程部活が私の心の中、記憶の中に深く突き刺さったっていう事なんでしょうか。嬉しいような複雑な気分です。

 と、部活の夢をよく見るようになってから、あんまり他の夢を見なくなってしまいました。それはちょっと哀しいかな。部活のことを夢の中で見る事ができるなんて幸せの限りですが、他の夢も私にとっては大切なものが多いので(物語のインスピレーションなのだ)、部活意外見れなくなるのも反対に困るなって。部員が出てきて変な事が起こるなら分かるんですが、そうじゃないですからね。あくまで(夢の中の)日常に先輩達が登場するくらいですから。不思議も減ったくれもこれじゃないよってことです。でも部活の夢を見なくなるのはもっと嫌ですよ。今部活は私の生きる糧に一つになりつつあるようですから。先輩達大好きだ。三年の先輩とはたったの二ヶ月の付き合いというのが信じられませんよ。今度の文化祭が終わってしまったら先輩たち引退ですよ! まったく、信じられません……。そう考えると三年間なんて部活やるには短過ぎるんですよ。あっという間にすぎちゃうじゃないですか。部活なら私何年間でもやれますよ! そんな意気込みです。というか、来年の今頃には二年の先輩もいそいそと引退の準備をしているんだと思うとどうしようもなく哀しくなります。あはは、鬼が笑いますかね。














「交通違反です! そこの自転車止まりなさあい!」











 今日、途中で目を覚ましてまた寝てしまったんですが、その時に見た夢が二回ともやっぱり現実に出てくる人が出てきてたんですよ。一回目の夢は昨日ピアノの発表会だったせいかピアノの先生が夢に出てきました。演技について何やら母と語っていて、その話の内容があまり私が好きな内容ではなかったと言うのは覚えています。演技の話をしているって、結局私って部活人間なんでしょうか。白くて天井のたかあい建物の中で、私と後多分妹はその中を歩き回っていました。椅子にはピアノの先生の助手のようなものを努めていた二人の女の人が仲良く座っていました。もちろん現実にも存在する人達ですよ。背中のイメージしかありませんけど。で、先生と母は、たったまま何かのオブジェの前でそのことについて話しているんです。なんて最近本当に現実に出てくる人が夢の中でも頻繁にあらわれてくれますね。

 二回目の夢がこれ又部活の人達の夢で、私どれだけ部活好きなんだろうと思いました。これで何回目でしたっけ。多分六回か七回見てますね、これで。部員の人達でなにか座敷きのある飲食店に出掛けている夢でした。皆が喋っていた台詞だとか細かい顔ぶれは殆ど覚えていません。最後の最後に見た二人の二年の先輩の顔しか覚えていませんね。部活の夢を見た後ってなんだか不思議な気分です。すぐ近くに親しくなりそうな人達がいるのに、ゆめだから触れないんです。触れていたとしても夢だから感触が伝わってこないんですよ。   多分この夢は、さっさと私があの人達と仲良く(いや、もちろん今だって中いいんですが)したいと思っているからなのかなって。人との関わりは恐いけど、人との関わりがなくなるのはもっと恐いんです。手が届きそうなところにいるのに手が届かないところにあるんですよ。今の私の周りの人って。もっともっと近付きたい。心が許せるぐらい仲のいい人が欲しい。中学時代にそう言う相手がいたかどうか分からないので、高校でも何かその辺進み具合が鈍いです。早く前進したいです。

 夢って恐いなあって思いました。自分がうちに隠しているものをあっさりと表現してしまうんですから。うっかり見た夢の内容とかを近しい人に漏らしたらどんな事になるのかわからないです。今こうやってペラペラと夢の内容喋っているのも、内容がそれ程重要じゃないと言う事と、あと、ネットと言う板を間においているからですかね。なににしろ。夢って凄いですよ。











プロフィール

夢海 音湖

Author:夢海 音湖
ファンタジー小説を書くのが好きな夢見がちな頭を持つ人間
小説やマンガの話は別世界で本当に起きていると信じている
只今演劇部の部員
それによりこのブログも演劇部の話に占領されつつある

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