泣いていいですか?
そんなふうに聞いても答えてくれる人はいないだろうし、答えてくれてもろくな答えが返ってこないような気がする。今まで私が泣いているところを見た人たちは、私のごまかしに気がつくことはなく「そうか、よかった」と表面上の薄い笑いを浮かべてその場を去っていきました。家族でもそうなんですから、私はどうすりゃいいかわからなくなるんですよね。そういう時にBUPMやRAD聴いてると、かなり責められているような気分になるんです。変ですね。そうなるとやっと真剣に泣けるんです。声は出ないけど。
私の心の中を分かる人なんて私くらいなもので、私以外の人ってのは結局は私の世界の外側の人間なんです。いくら私が中に引き入れたくても引き入れようとして伸ばした手は空を掴むんです。虚しいですよ。そんな時、心の中がからっぽなのを自覚したりするんです。からっぽで、振って音もでないくらい欠片も入ってない。そこに入り込んでくるのは淋しさと哀しさで、でもそんなものいくら入ったってそれ事態が中身がないものだから入っても中は空のまんま、意味はないんですよ。意味がないものを捨てることもできずに溜めてそれでも心の中は空っぽです。
泣いたらそれは外に出てきます。だから泣くのは大切なことですけど、私はなき方と言うものを分かっていないので、ほんのたまに出てくるか出てこないかの割り合いです。淋しさも哀しさも放っておくと得体のしれないものに変化するからとても厄介です。それならさっさと泣いてはきだしゃいいんですけど、簡単に行かない。簡単にいってくれたらどんなに楽なことだろうね。
嘘っぽいデショ。一応本当ですよ。私の文書はいつもこんな感じになってしまうんですよ。でも私にもこれが本心なのか疑わしいです。
信じられるものは自分だけと言いますが、私の場合自分さえ信じられないでス。それがまたかなしいったりゃありゃしない。
人を信じることをだれか教えてくれないんでしょうか。そういうのを教えてくれる学校とかないんでしょうかね。人をすべて疑ってみているのも疲れます。だからといって簡単に信じるわけにも行かないので。
あーだめぐだぐだじゃないか。
結局私は何がいいたいんだ。
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