
前の哲学に入るべき記事が日常に入って移動が出来ない事を恨み(何に)ながらこの記事を書いています。なんというかですね。また昨日と同じ時間に起きました。原因は目覚まし時計の設定の誤りで、ニ三時間時計が先に進んでいたみたいです。ま、そんなに眠くないからいいですけどね。
人間って、色々科学技術は発達しているって言いますけれど、思い返してみれば原因不明解析不可能な事柄は五万とあるわけで、今私達が知っている事や、天才的な化学者と言われている人たちが知っている事さえ、まだ地球や宇宙の事柄、理の万分の一も分かっちゃいないんですよね。無料大数で区切っても追い付かないくらい埃みたいなちっぽけな事くらいしか私達人間は知らないわけなんです。
ま、こんな事言ったら、今頑張って研究とかしてる人たちに怒られる気がするのはしますが。
私の担任は理科の教師なんですが、昨日担任に「別次元は存在するのか」という質問を投げてみたんです。で、返ってきたのは「科学的に考えてみれば、それはあり得ないんじゃないか」。うーん……。全然この世の事を分かっていない人間が、「科学的にはあり得ない」という言葉を使ってしまっていいのだろうかと言う疑問が浮かびます。実証したわけでもないのに、知らない人間が仮説でも「あり得ない」と断言するのはよくないと思いました。これはやはり先入観と言うものも手伝っているのかも知れませんが。
人間の身体は日々解きあかされているようですが、それでも真相心理や突っ込んだ深い構造や内容などは全く分かっていないわけですよね。こんな奇跡的に生まれてきた生命体の謎を自分達で解きあかそうとするのは構わないんですが、それをしている事により偉い人扱いされて権力振りまいたり、知ったかぶりする人も出てきているわけですし、人類は未だ進化のまっただ中にいるわけで、その可能性は未知数です。これから先、不可能だと思われている事が可能になるなんて事があっても可笑しくないんです。私はそう思います。
SFとかのネタが、遠い将来、人類が滅亡さえしなければ実現している可能性だって皆無と言うわけじゃないんです。
まあ、これはファンタジー大好きな人間としての希望も含まれているのは含まれていますが、どこかの誰かも言っています。「この世に不可能などない」と。発展途上(だと思う)この星にはまだ、不可能なんて言葉はいらないと思います。
こんな事考えていると、人生って結構楽しくなってきます。うん。何とかこの状況を乗り切る事ができますように。そして私が大人になる頃はもっと地球の寿命が伸びていますように。でも私は神を信じていないのでこの願いは地球自身に届きますように。
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