なあにをかんがえているのやらやらやら
『死ぬ』とはっきり言うのが好き。『亡くなった』とか言うのは何か凄く他人事みたいで嫌い。死んだならはっきり死んだと言おうよ。死んでしまったもんは死んでしまってるんだから。死んでしまっているもんに『亡くなった』っていうのはとても嘘っぽくてわたしは気に入らない。でもそれって私だけだったりするんだろうか? でも嘘っぽいと思うのは本当だね嘘じゃない。と言う事は嫌いと言うのは嘘なのか? いんや嘘じやない本当の話。なんでひとはなにもかもはっきり言わないんだろう。あ、日本人だけか。日本人の言葉は回りくど過ぎてダメだ。英語みたいに率直にならないといけない。死ぬって何死ぬって何死ぬって。何が死なんだ死の基準は何なんだ人間がかってに死は決めたことだろう何故そんなものに縛られなくてはならないんだ。人は死にはしない死んだとしてもそれは死と言うべきじゃな他のもっと何かなんだ。ああああああああ。もう。
ネタなんか考えております今日この頃。ネタは考え付いては頭の隅に追いやられて消えていくんです。運良く拾われたものは何かにちょっとでも書き留められて、書き留められ方が悪ければそのまま捨てられますし、よければちゃんと物語として成り立っていきます。DGの二次はもうなんだかんだで忘れたネタの方が多いんじゃないかしらと言うのがおおいですかねえ。かねえ。だねえ。忘れ去られたネタはもうどうしようもないんで、ひょっこり思い出すまでそのまま放っておくしかないんですよねえ。無理に思い出そうとして思い出すとそれはもう無理矢理海から引き上げられた魚のようにぽっくり逝ってしまい、新鮮さが失われるのです。だからほったらかしておくしかできないのが今の現状かしらねえ。すべて疑問系なのが気になりますねえ。え、これ疑問系じゃないって? ハハ、キニシナイキニシナイ気にしてたら気にしている事で時間はあっという間に流れるんだから。そんな勿体無い事できないよ。
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