今日は遠足でカヌーのってバーベキューする予定です。カヌーはのりたくないです。でも皆強制参加なんです。カヌーっていい思い出ないんですよ。だってだって、初めて乗ったカヌーは散々な結果でしたよ。あの時どれだけ六人乗りのカヤックにしとけばイイかと思った事はありません。ま、カヤックにしたところでのっけてくれるチームなんていなかったでしょうが。あはっ、むなしー。
学校と言うところは不思議なもので、慣れているのか慣れていないのか分からないこの状況では色々な物の認識がずれて半分異空間にいるような気分を味わいます。他校の生徒が一緒にいると言うのが大きな要員になっているでしょうかね。中学になったこの時期あたりはこれほどまでに違和感を感じていませんでした。中学から高校になるのと、奨学生から中学生になるのとでは変化の度合いが違いますもんね。小学校と中学校ではがらりと生活が変わるところを、中学と高校ではさして生活に変化は表れません。だからよけいずれの感覚がおかしいんですよ。
このずれの感覚は、少しだけ空間に切れ目が生まれ、そこから少しだけパラレルワールドと触れてしまったと言うのに似ている気がします。勝手な想像になりますが。だってパラレルワールドまだ見た事ないんですよ、認識して。もしかしたらいつも見ているのに気がつかないだけかもしれませんが、……ん? とするとこの私の違和感って言うのは、もしかしたら高校でたくさんの亀裂に出くわしてパラレルワールドと常時触れあっているかもしれないッてことか? いや、実証できないから自信はないですけど。でも、ああ、何かそんな気がしてきた。なるほど、やっぱり高校って言うところは不思議な場所だよね。
たくさんの同年代。しかも時期として不安定な時にある同年代がたくさん集まって無駄に時間を過ごしているあの空間って、なんだか空間壁の厚さが薄そうに見えます。きっと敏感になっている生徒の精神が薄いその壁にちょっと笹暮れを引っ掛けて小さな傷わたくさん作ってるんですよ。その傷はちょっとずつちょっとずつ広がって大きくなり、何年もたってからパラレルワールドへの道になる。中には途中で修復を始める部分もあるでしょうね。じゃないと修復していなかったら今頃学校はパラレルワールドに飲み込まれて輪郭のぼやけてそれこそ怪しい存在になってしまいます。下手すればこっちの高校が消えてパラレルがそのままこっちの世界に侵食しはじめる可能性も否めません。世界空間と言うのは人間にははかりしれないエネルギーを持っていますから。
よく、パラレルワールドや別世界のことについて人が話す時、たいていの人はそれを聞いて「お伽噺」だとか「夢」「妄想」だとかいいます。それって人間が住む世界はこの一つだけでいいと言う考えがあるからじゃないでしょうか。この世界の人間はエゴイズムが強力ですから、きっとこの世界は世界でたった一つの尊い物だと思いたいんでしょう。たくさんあったらそのうちのただの一つになってしまうと考えているんでしょう。認めないと言うのは愚かな事ですし、それは人間の進化を阻んでいるように見えます。何ごとも可能だと思う前にまず、「そんな事不可能だ」と言ってみる。そしてそう思ってしまえば何をやっても無意味に思えてしまう。それは真実や可能性の追究にとって大きな弊害です。追究を邪魔する考えでしかありません。でもたいていの人間がこの考えを持ち、常にその事を考えて全身は遅くなる一方です。
とまあ、ここまで私も好き勝手言ってきましたが、結局どれも実証は難しい物ばかりなのではっきりした事はいないんですよね。
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