意識 consciousness
人間に特有な心的活動の総体をいう。意識は人間の知識、感情、意志というあらゆる活動をふくみ、物質世界の反映としてなりたつ。意識は物質の発展から生じた産物で、物質の変化の発展段階で一定の物質的諸条件がととのうことであらわれる。まず人間以前の長期にわたる自然史的、生物学的な発展をへて、意識が成立するための生物学的、神経生理学的、心理学的な前提が形づくられ、感覚器官、神経系、脳髄にもとづいて心理的活動が発展してきた。これらは意志の形成に必要で不可欠な条件であるが、これらだけでは十分でない。これらの前提ができたのち、人間の労働、社会生産活動、これとむすびついた言語の発生による脳髄の発達、ここに意識の起源がある。それ以後、社会の発展するにつれて意識はその内容上でも構成上でも、豊かさをましてきた。
このように、意識は自然と社会との産物であり、物質的基礎と不可分につれているが、意識は物質ではない。その新しい質とは、社会的実践を媒介として物質的現実(社会的諸関係をふくめて)を観念的に反映し、また観念的にみずから再生産する能力があり、一定の構造をもち、一定の法則にしたがって組織されており、ただ物質世界を受動的に反映するだけでなく、それを能動的、合目的的に変革する気管として、社会生活に不可欠な構成要素である。その機能の点で人間の意識は、動物の心理とは原理的に区別され、つぎのような役割を演じる。すなわち、客観世界を認識する機能、未来を予測し目標をきめ目的をたて、かつその目的にふさわしい行動のための計画をつくる機能、決定し決断をくだす機能、さらに行動の規範、価値の設定、行動その目的、手段の評価の機能など。これらは化学、道徳など、社会的意識の諸形態を形づくる。こうして意識は複雑な社会生活を統御し、物質世界を実践的に変革する機関として役だつのである。
哲学史において意識と物質との関係の問題は哲学の根本問題であり、さまざまな形態の観念論は意識を物質から独立したものとみなし、意識一般とか絶対精神などをもって世界を説明してきている。→社会的意識、認識、反映論
イデオロギー Ideologie
観念形態とも言われる。元来は、フランス革命につづいてあらわれた観念学(ideologie, その代表者はデスティシュ・ド・トラシ)に由来するが、今日ではマルクス主義の用法で解されている。これによると、社会的意識において対照的に明確に形をとってあらわれたもの、宗教・哲学・芸術・道徳、また政治・法律・経済上の諸見解をいう。イデオロギーは、究極的には、社会の経済的諸関係、すなわち土台から規定され、これを観念上に反映した上部構造である。したがって階級社会のイデオロギーは、土台の生産関係を反映して階級性をおび、一様ではなく対立的なものとしてあらわれ、階級闘争の一貫としてイデオロギー闘争が不可避的になる。この対立では、物質的生産の手段を所有する支配階級のイデオロギーが支配的であるのがつねである。しかし、社会の革命的変革とともに従来支配してきた古いイデオロギーの諸形態は、あるいは急速に、あるいは徐々に崩壊する。このさい、土台にもっとも直接につながる政治・法制などの諸体系は急速に崩壊するがこれらより距離をおいている道徳や芸術のイデオロギーの崩壊は緩慢である。イデオロギーの成立・発展は、土台からの規定をうけるが、ここにみられるところからもわかるように、土台にたいして相対的な独立性をもっており、それは過去のその領域で成果を受けついだり否定したりすることによって成りたち、このようなその領域での発展関係をもちながら、その時々の社会的経済諸関係、土台からの規定をうけるのである。そして上部構造としてはこのように生じてくるイデオロギーは、これらがいったん発生すれば、土台に対して作用しかえし、土台を強化するのに役だちもするし、またそれらの変革を促進する働きもする。それは、精神活動を通じて行動する人間を動かす働きをするからである。なお、イデオロギーが社会的な客観的事態に規定されたその反映であることをみずに、この精神の産物に独立的な地位をあたえる見解は、虚偽な、思いちがいをした意識だとし、こうした意識のもとに考えられた観念の組織を、とくにイデオロギーと名づける場合も、マルクス主義の創始者達の用語にみられる。
哲学用語ホームページ一部抜粋
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